開発の歴史

世界と日本のX線・レントゲン機器開発ヒストリー

歯科用X線撮影装置のメーカーとして設立

パノラマ装置の登場

数々の独自装置の開発

1973年(昭和48年)移動用車載パノラマX線撮影装置 Panoramax AX-4をベースにした移動用車載パノラマX線撮影装置です。
				僻地および無医村地域などでの歯科治療に活躍しました。

1992年(平成4年)同時2方向TMJ透視・ビデオ撮影装置 2方向TMJシネ撮影装置 大阪大学・朝日大学と共同で開発した、下顎頭運動の画像診断装置です。
				X線ビデオで下顎頭運動に伴う顎関節部の透視画像を得て、
				同一顎位における左右顎関節を対比観察することが可能です。

デジタル時代の到来

3次元・新しい診断へ

世界と日本のX線・レントゲン機器開発ヒストリ

X線の発見から、当社設立期頃までの国内外の歯科用X線・レントゲンについての歴史をご紹介します。

世界

1895 レントゲンがX線を発見
1895
(1896)
ドイツの歯科医師Otto Walkhoffが初めて歯のX線撮影を行う。
1896 アメリカの医師W.J.MortonがX線装置について発表。この時のX線写真が世界初の口内法写真とも言われている。
1896 歯科医師C.Edmund.Kellsがホルダーを用いてフイルムを歯と平行に近づけることが必須であると述べ、歯根を撮影することに成功したとの報告がある。W.J.Mortonの撮影とどちらが先であったかは不明。
1931 Broadbent、Hofrahtによって頭部X線規格写真撮影装置が発表された。
1944 Y.V.Paateroがパナグラフィを発表した。
1949 Y.V.Paateroがパントモグラフィを発表した。
1966 A.G.Richardsがオープンエンドコーン・リチャード方式を発案し、今日の口内法が確立された。

日本

1897年
(明治30年)
歯科医学叢談に掲載された湖柳生訳(野口英世のペンネーム)の「るよんどげんX光線ヲ応用シテ欠生歯ヲ発見セシ一例」によって日本に初めて歯科レントゲンが紹介された。
1909年
(明治42年)
「歯科診断上二於けるX線、価値二ツイテ」と題して歯科医による初の臨床報告がX線写真を供覧して当時東大歯科に勤務中の遠藤至六郎により紹介された。
1912年
(大正元年)
歯科学報に「歯科二於ケルレントゲン学ニ就キテ」と題してX線撮影技術、診断法について藤浪剛一によってなされた。これがレントゲン専門家として初の歯科についての詳細な発表となった。
1914年
(大正3年)
東京歯科医学専門学校(現在の東京歯科大学)にドイツのアぺックス社から初めて歯科用X線装置が導入され、初めて歯科用レントゲン室が新設された。
1922年
(大正11年)
クーリッジ管を用いた国産の歯科用X線装置ホクト号が島津製作所から発売された。
1959年
(昭和34年)
日本大学の西連寺永康等による日本初、世界で4番目のパントモグラフィの臨床応用が可能となった。その後国産パノラマ1号が完成した。
1960年
(昭和35年)
日本歯科放射線学会が設立され、世界で初めての専門誌「歯科放射線」が発刊された。
1974年
(昭和49年)
西連寺永康のパントモグラフの完成から15年後に朝日レントゲン工業と肥田電機工業による国産初のオルソパントモグラフィが販売された。

参考文献 田中守:歯科領域で働く診療放射線技師の歴史

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